音街かしわ優勝! ものいうピカソ インタビュー

Vo.マナミ Gt.イシカワ Ba.スヤマ Dr.ナカノ

 

メンバー全員が東京理科大学の4年生で、JAZZ研究会所属。出身地は東京から北海道までと様々。

結成は、JAZZ研究会のイベントでボーカルのマナミとギターのイシカワがデュオを組んだのが始まりで、その後引退し、路上ライブを行う際に、ドラムのナカノが加入。

さらに、ストリート・ブレイカーズが柏駅のダブルデッキ周辺で行っている路上見回りの際に声をかけたのがきっかけで、2016年の音街っく天国に出場、その際にベースのスヤマが加入。

結成したばかりにもかかわらず予選を勝ち抜き、本戦の音街かしわでも堂々たるパフォーマンスを披露して見事優勝の栄冠に輝いた4人の素顔を探ってみました。

バンド名の由来

マナミ:いつも答えてるのは、ピカソの絵は動いてるものを多面的にとらえてそれを一つの絵にするっていう手法なんですけど、私たちもそういう多面的な世界観を表現したいなと。

彼はもうこの世にはいないので物言わないけれど、でも私たちは歌が歌えて、ものも言えるからものいうピカソにしようと。

でもこれは後付けで、実際は2人で路上をやろうって話し合った場所にあった本棚に「物言う○○」と「~~~ピカソ」という本が並んでて、組み合わせたらなんかいい感じになったのでこれにしようと。

楽器を始めたきっかけ、ボーカルをやろうと思ったきっかけ

イシカワ:高校時代に軽音で、ギターやベースやって、熱が入ったのは大学。

スヤマ:中学までピアノをやってて、途中でフォーク聞き出してアコギを購入。高校入って友達が「けいおん!」の曲やりたいけどベースがいないって言ったのがベースを始めるきっかけに。その後、ジャミロクワイやレッチリなどの曲を一人で弾いていた。

ナカノ:大学入ってから。初心者だった。大学行ったらやりたいなと思ってた。大学入って「JAZZかっこいいな」って。今になって好きなバンドも出てきた。

マナミ:中学の時にギターでバンドを組んでて、ボーカルの方やりたいなって。高校からギタボでロックをやって、大学で軽音も続けてJAZZもやりたくて。JAZZはウッドベースで入ったけど挫折して、ボーカルに移行して結局歌だねって。

なぜこのメンバーでやろうと思ったのか?

もともと何回か組んだことがあったので集まりやすかった。のんびりできる。ストレスフリー。思ったこと遠慮せず言える、やりやすい。

音街かしわに出ようと思った理由

イシカワ:目標がほしかった。オリジナルでやりたいねって。

マナミ:音街の話を聞く前は、JAZZスタンダードや歌謡曲をコピーやアレンジしたいって集まっていた。

マナミ:音街の話が来るまでオリジナルは考えてなかった。

イシカワ:もうすぐ卒業しちゃうし作ろうって。

本選出場決まった時の気持ち

マナミ:いや~超びっくりしたね。

イシカワ:発表のときに審査員の方が「準優勝は『も・・・』」まで言ったところで司会の方が何か喋って。

マナミ:ほかの出演者もレベル高かったのでまさか選ばれるとは思わなかった。これは記念出場だね~って。

音街かしわ当日を迎えて

マナミ:私は緊張してたけど、3人は緊張してなかった。

イシカワ:あぁ~って感じ。あわよくばサンプラザ中野くんと喋れるかなって。(ドラムが同姓の)ナカノなので写真撮って部室に貼ってやろうって。(笑)音街は開放感があった。逆に予選の方が緊張した。

ステージから見た景色は?

マナミ:皆さん手拍子してくれたり、あたたかい雰囲気で迎えてくれて、音楽を愛する人たちが集まってるなって。

他の出演者の印象は?

マナミ:赤松さんのバンドは世界観がすごかった。レトロな雰囲気で。

イシカワ:レトロというか前衛的で(笑)

マナミ:直美ズが予選から見ててかっこいいなーって。

出演後の感想

マナミ:J:COMさんとかの取材が増えて、これは、なんだって。(笑)

小ホールとか、うちらどうする?2曲しかないよって。

※編集部注 - 優勝者へは柏文化会館様から小ホールでのワンマンコンサート権がプレゼントされました。

経験もない中での優勝だったが?

マナミ:家族や友達につい自慢してしまった。

イシカワ:予選のときも浮かれてた。皆で踊ってた。決勝は実感が湧かなかった。

優勝後のモチベーションの変化

イシカワ:4曲目作りましたね。

マナミ:音街前は路上でゆっくりやれたらいいね~って感じだったが、お声がかかることが多くなって頑張りたいなって。

友達の反応は?

イシカワ:違う音楽団体の人に「おめでとう」って言われました。

曲を作るときは歌詞から?曲から?

イシカワ:パターンはどっちも。1番最初に作った曲は歌詞から。

マナミ:作曲担当のイシカワはフレキシブルなので、持っていっても持ってかなくても作ってくれてる。

イシカワ:4曲目は全部自分で作った。全体像は基本みんなで作る。もともとアドリブとるために音楽理論とってたんですけど。気づいたら「あれ、これ作曲できるんじゃないか」って。

作曲環境について

イシカワ:家で黙々と作るのが好き。この前初めて公園で作ってみたんです。ある部分がダメで、持っていったら直されるみたいな(笑)。

マナミ:あそこはちょっと暗すぎたかなと(笑)

マナミ:「不和の瑠璃」は台湾旅行で屋台を歩きながら書いた。家族で行ったんですけど。イヤホンつけながら。ガヤガヤした中でレコーダーに吹き込みながら書いた。

ナカノ:「フトンノフ」を書いたのは電車の中。前に書いてた歌詞が暗いなと思って、純粋な恋の歌詞を書きたいなと。片思いの子はどういう場所で悩んでるのかなと…。色々考えていたら、ふとんの中なのかなって思いました。

マナミ:結局片思いの話じゃなくなったよね。

ナカノ:「フトンノフ」っていう言葉は考えてくださいってことで。(笑)

イシカワ:歌詞見たときはびっくりした。タイトル見て「フトンノフって何」って。

マナミ:基盤になる部分はイシカワが作って、そのあと皆で案出しながらやる。スヤマはメロディーとかリズムの引き出しが多い。

スヤマ:元からあるものをアレンジするのは得意。1からつくることができないので、作曲できる人にたかってやろうと(笑)

「不和の瑠璃」は台湾のどんな雰囲気からインスピレーションを得た?

マナミ:台湾って夜屋台通りがすごいにぎやかなんですけど。その浮かれた感じとか。不和の瑠璃のアップテンポな感じとマッチした。出発前に大枠メロディーと曲の感じは決まっていた。

内容は、恋人との不仲がメインテーマ。歌詞の中に不和の語りっていうのと、切ない悲しい気持ちで瑠璃色の心っていうのが出てきて、その組み合わせで不和の瑠璃となった。

自分たちの強み、アピールポイントは?

イシカワ:聞いてる人それぞれに違うとらえ方があって、こちらから一方的なメッセージを伝えるのではなく、伝える側受け取る側両者のやりとりがあって、様々な意味を持つ。そんな曲を作りたい。

現役大学4年生ながら、落ち着いたジャジーなサウンドを目指している。音街かしわで優勝したってのは強みになるのかなと思いました。

お客さんに注目してほしいところ

イシカワ:艶のある奥行きのある歌声で、どんな曲でも器用に歌いこなすボーカルと、彩りを加える楽器隊。あとは共感してもらえたら。

音街かしわ以降これまでの活動

マナミ:J:COMさん取材の元、路上でベースでなくピアニカって編成で撮影されながらやった。

イシカワ:あとはレコーディングをやってみたが、ちょっと難しかった。あとは部活の学祭でそれぞれ個人的に活動していた。

マナミ:今後もイベントの誘いが来ているので、それも頑張りたい。

今後どういう風に活動していきたい?

イシカワ:就職しても続けたい。年とっても続けやすいジャンルなのかなと。曲をもっと作りたい。音源を発信していきたい。

マナミ:今年は全員自由に動ける最後の年なので。

柏文化会館ワンマンコンサートに向けて

マナミ:それにむけて曲数増やして、それまでのライブでものいうピカソを気に入ってくれたお客さんをお呼びできたらなと。

イシカワ:成長を見てほしい。自分たちも一年間で成長した姿が楽しみ。

インタビューを終えて

忙しい中、およそ1時間半にわたるインタビューに答えていただきました。

筆者は社会人3年目に突入しましたが、その私に比べて受け答えが数倍、いや数十倍?しっかりされていて・・・さすがは現役理大生!と思いました。(笑)

一ファンとして、これからの活動がとても楽しみです。

文化会館ワンマンまでに一度、ライブに足を運べたら・・・そのときはまた、記事を書かせていただきたいと思っています。

 

ストリート・ブレイカーズ 日下部